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ビジョンと戦術とピッチ上の選手たち

JUGEMテーマ:清水エスパルス

今年2月。

左伴社長の就任記者会見で、記者と社長の間で次のようなやりとりがありました。

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Q.大榎監督が残留を決めた後、10年先や20年先のビジョンを持った上で選手の育成や補強をしていかなければならないと話していましたが、そういったクラブのビジョンをお聞かせください。

サッカーに特化した会社で株式運営すると限界があると思います。
サッカービジネスというのは投資先行型です。
年間で費用が先に決まって、その後に売上げがついてくるかどうかということ。
したがって相当しっかり計画しておかないと、雨降った、選手がケガして補強が必要、いきなり景気が冷え込んでスポンサー様が離れたなど、色々な変動が後から起こってきます。
会社のビジョンとしては、サッカーも大事ですが、プロスポーツ事業を養っていくためには、もう少し地域の方々と連動した新しい事業を展開していくという方針を持っています。
言わば地域共生型の総合スポーツ産業といったものです。
エスパルスは事業カテゴリーが多い皆様に支えられていますし、経営者の方々の理解も深く、長い間サッカーというものが熟成されていると思います。
イギリスのクラブは地域でしっかり経営をして、サッカーだけに限らず色々な商材を地域の皆様に買ってもらって財を作りだしていますが、エスパルスもそれに近い形の地域共生型のクラブにしていくのが会社のビジョンです。

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今、選手たちが口にしている"ビジョン"というのは、ここで左伴社長が語った"ビジョン"とは意味が異なるものなのだろうと思います。

おそらく、「どんなサッカーをするのか」ということかと。

「攻撃的」「守備的」「ボールをつなぐ」「堅守速攻」「ロングボール主体」

いろいろとあるでしょう。

しかし、そもそも「クラブのビジョン」とは何なのでしょうか。

左伴社長の言うものと選手たちが考えているものと、どちらが正しいのでしょうか。

左伴社長の回答はズレたものだったのでしょうか。


以前の記事にも書きましたが、「どんなサッカーをするのか」というのは、ビジョンというよりも戦術に近いのだろうと思っています。

戦術とビジョンをイコールで結ぼうとすると、自分の中では矛盾が生じます。

戦術というのは、試合に勝利するための「手段」です。

つまり、戦術がゴールではないし、戦術が理想でもありません。

一報のビジョンというのは、それそのものがゴールであり、クラブの理想となるものであると自分は考えます。

ビジョンとは、夢です。

こんなクラブでありたい、こんなクラブにしたい、こんなクラブになりたい…そういった夢です。


個人的には、サッカークラブのビジョンの究極は、観ている人たちに感動を与えることだと思っています。

選手たちのプレーに興奮し、叫び、心を熱くして、ゴールや勝利の喜びを皆で共有する。

そこに大きな感動が生まれます。

時には負けることもあるし、今季のように大きな悲しみに包まれることもあるでしょう。

それでも、その負の感情さえも仲間や選手たちと共有し、それを乗り越えてゆく。

そこに新たな感動が生まれる…。

極端なことを言えば、感動が生まれる内容であれば、勝敗はどうでもいいとさえも思っています。


以前にも書いたかもしれませんが、サッカーを観戦することは映画を見るようなものだと思っています。

ハッピーエンドもバッドエンドも、どちらも一つのエンターテイメントであるし、感情を揺さぶられることに違いはありません。

そういったシーンを具体的に示すものとして、ビジョンがあるのだと思います。


監督が示す戦術と社長が示すビジョンの間くらいにあるものとして、強化方針というようなものが挙げられるのではないでしょうか。

選手が言うビジョンとは、おそらくこの強化方針のことでしょう。

確かに、ここ数年間の清水は、強化方針においては一定の方向性を見ることができませんでした。

左伴社長が第一の任務として行った外国籍選手の補強も、結果としてはチームを大きく助けるものにはなりませんでした。

昨季の反省を生かすことなく、守備陣の補強はごくわずかなものでした。


某新聞記事によれば、選手たちから監督人事に対して「正直、残念」「自分はいらないということか」という声があったのだとか。

この新聞記事の真偽はわかりませんが、少なくとも複数の選手からクラブのビジョンについて言及がされていることは確認ができました。


自分は、現在のクラブの強化方針は明確であると思っています。

それは、間違いなく「守備の立て直し」。

それを小林監督に託したのでしょう。

これほど明確なメッセージがあるでしょうか。


選手たちの多くは、今季終盤の山形戦と甲府戦に大きな手応えを感じたようです。

自分もそれは同じです。


ただ、小林監督の就任がその2試合の否定であるかのように語られているのを目にすると、それは違うのではと思います。

これも以前に書きましたが、守備を立て直すことと、守備的に戦うことは違います。

そして、確かにあの2試合は魅力的なものではありましたが、あくまで34試合のうちのわずか2試合であるということを忘れてはなりません。

これまで、"数試合の手応え"に何度痛い目を見てきたでしょうか。

大榎監督就任以降、戦術やメンバーを変え、数試合でまた変え、ということを何度繰り返してきたのか。

もしも長期的な"ビジョン"を求めるのであれば、あの2試合の成功は封印するくらいの覚悟が必要なのではないでしょうか。

昨季の最終節で残留を果たし、安堵の中で何となく課題がぼやけたままにオフを過ごした結果が2015シーズンです。


ビジョンがどうであれ、戦術がどうであれ、ピッチ上でサッカーをしていたのは選手たち。

どんなにチームがうまくいかなくとも、下を向かずに戦い抜けていたのか。

最後までボールを追いかけていたのか。

ピッチ上に起こったミステイクを他の選手のせいにしていなかったか。

皆が同じ方向を向いて戦えなかったのは、本当に"ビジョン"のせいなのか。


ビジョンとは、クラブの夢。

こんなクラブでありたいということを、選手とサポーターが共有すること。

そこには、必ずではないけれど勝利が求められるわけで、それを体現するのが戦術。

攻撃的だろうが守備的だろうが、あくまでそれは手段であって、目的ではありません。

(岡田武史氏の言葉を借りれば、サッカーに攻撃的も守備的もないのですが…)

そして、その戦術をもってピッチ上で展開されるのが、選手たちのプレー。

サポーターは、その選手たちのプレーに感動を覚えます。

ビジョンや戦術は、それを後押しするだけです。


本来、ビジョンをつくるのは誰なのでしょうか。

フロントだけがつくるものなのでしょうか。

自分は、少し違うような気がします。

鹿島も、広島も、G大阪も、ビジョンがあったからタイトルを獲得できたのでしょうか。

それだけではないように思うのは自分だけでしょうか。

ここ数年に感じていた選手たちの意識に対する違和感が、今も拭えていません。








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comment
さかた, 2015/12/04 6:25 AM

まこっさん、こんにちは。

脆弱、そして責任転嫁

何でも親のせいにする子どもの症状に似ていると思います。










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